カテゴリー別アーカイブ: 経営者

知識は才覚・見識・胆識を養う元肥

人間この世に生を享け、生活をするうえに色々の才覚が求められる、しかし長い人生、才覚だけでは如何しようもない行き詰まりに出くわすことがある。苦境に立たされた時、其の場に臨んで求められるのが、見識・胆識である。 安岡正篤先生 … 続きを読む

出処進退

平常時は兎も角、危機に際しては指導者の器量、知識、見識、胆識が問われる。 また正しさ、清潔で信頼があれば組織は命令せずとも動いていく。 「其身正しければ令せずとも行われ、其身正しからざれば、令すと雖も従はず」 (論語・子 … 続きを読む

日本を考えよう

戦後66年の間に、東久邇宮内閣から現在の菅内閣まで、日本の総理大臣は33人代わって いる。平均2年間だが、最近の内閣の短命さは驚くばかりである。 安倍晋三366日・福田康夫365日・麻生太郎358日・鳩山由紀夫266日・ … 続きを読む

天行健やかなり 君子 自彊息ず (易経)

 日々の生活は、季節の移り変わりや自然の恵みにより営まれている。しかし自然は、 時たま甚大な災害を引き起こすこともある。それでも天地の運行は、滞ることがない。 私たちも大自然の運行を受け入れながら、例えどんな惨事に遭おう … 続きを読む

職業と仁、そして出所進退

安岡先生は、社会の進運をたすけてゆく手段を職業という。職業の本義は、 依って以て自己が仁を成すに在る。と述べておられる。 仁とは周囲の全てのものに隅々まで心を配り、全体がより良くなるように努力し、 人は和み互に敬愛しあい … 続きを読む

黎明、朝こそすべて

黎明、夜明けの一時は森閑として、静寂そのものである。 実は今朝も、調べることがあって、四時に起きたのです。暗闇から次第に明るくなって、何んとも言えぬ好い気持ちである。ふっと私は暁という字を思い出した。 これはあきらかとい … 続きを読む

器 量

膽識を得て人間は漸く現実の生活・他人・社会・種々なる体験に対する標準が立ってくる。 尺度が得られる。自分で物をはかる(度・量・衡)ことができるようになる。 器量人という言葉が昔からよく使われるが、つまり、多くの人を容れる … 続きを読む

見 識

我々の思惟・言説・行為について、何が義か、利か、何人もが良心的に肯定することか。 単なる私欲の満足にすぎぬことかというような価値判断力を見識(識見)という。 知識は知性の機械的労作によっていくらでも得られるが、それだけで … 続きを読む

日本精神

1.日本民族の自覚 今日本が眼のあたりに非常な難局に臨んでいることは国民の何人もが斉しく自覚していることであろう。 日本国家として人格的躍進を為すは今である。日本民族がその精神的威力を試練するのは今である。 さらば武士が … 続きを読む

逝くものは斯くの如きか。昼夜を舎めず(論語 第9篇17章)

子 川上(せんじょう)に在りて曰く、 逝くものは斯(か)くの如きか。昼夜を舎(や)めず 川の流れが止まらないように、人間も絶えず変化している。 努力を止めたら、どんどん悪い方に変化するだけである。 良い方へ行こうと思った … 続きを読む