カテゴリー別アーカイブ: 今週の一言

人間の規模と気象

「学に志す者、規模を宏大にせねばならぬ」 と西郷南洲も教えておるが、現代の青少年、くだらぬことに血道をあげている者の 多いのに対して、痛切な意見である。 道徳に関しても、 「己に克つに、事々物々、時に臨んで克つ様ではだめ … 続きを読む

良心と正義

日本はどうなるのだろう。どうすればいいのだろうか、寄るとさわるとそういう話が出ますが、只一つのことが脱けておっては何にもなりません。 その只一つのこととは何かといえば、それは良心というものであり、正義というものであります … 続きを読む

仁愛と風韻

人が万物と生を同じうするところより生ずる共鳴を愛情という。 知を頭脳の論理とすれば、情は心腹の論理である。 万物と共に生きよう、物と一体になってその生を育もうとする 徳を仁という。 仁愛はこのおぼつかない、悩める衆生に対 … 続きを読む

教育の本義

教育に、間に合わせ主義の、あまり実用的・功利的・職業的見解は有害である。 人間はいかに物質を必要としても、人はただ衣食ばかりに生きているものでは ない。 もっと理性的・精神的存在である。物資や生活に捉われすぎると、かえっ … 続きを読む

将来を決定する力

経済と道徳と両立せぬもののように思うのは、もはや笑うべき愚見である。 いかなる物質的生活問題も、優れた精神、美しい感情、頼もしい信用に待 たねば真の幸福とならない。 技術の発達に伴う経済的国際化が、各国民の差別をなくすよ … 続きを読む

見識と器量

我々の思惟・言説・行為について、何が義か、利か、何人もが良心的に肯定することか、単なる私欲の満足にすぎぬことか、というような価値判断力を見識(識見)という。 見識は知識と異なる。 知は知性の機械的労作によっていくらでも得 … 続きを読む

道 義

人の志が立つに従って、人間の本具する徳性や、理性・知性は、反省ということを 知って、ここに我々の思惟・行為に、何がよろしいか、よろしくないかの判断を生 ずる。これを義という。 義は宜である。そして実践と離れることのできな … 続きを読む

気力と志操

人間の原質ともいうべき第一は気力――肉体的・精神的な力である。 これは、見てくれの身長や肉づき、外見的な体格、言語・動作に表れている向こう意気というようなものではない。むしろそういう点では振るわない、物静かな風であっても … 続きを読む

人体と大和

生理学・心理学・病理学・細胞学を始め、あらゆる医科学は、最近ますます精細に人体の神秘を究明し合うようになってきた。 人体がまったく神秘な一宇宙であることを、今日もはや何人も疑うことができない。 身体を通じて生命は、大宇宙 … 続きを読む

天に棄物なし

自然・造化・神は、一物といえども粗末には造っておらない。 物を粗末に考えないで、物を大切に考える――物を深くしるということ、あらゆる学問も、宗教も、道徳も、芸術も、すべてそこから始まる・。 どんなに愚かであり、無能である … 続きを読む