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茶の飲み方

煎茶は三煎する。
湯加減して一煎で甘味が出る。二煎目で苦味、この苦味の中に甘味がある。
苦いタンニンの中からカテキンという甘味が抽出される。
三煎でカフェインの渋味がでる。これを味わうのが煎茶の法だ。これを無視
すると文字通り芽茶苦茶になる。
甘味というものは苦味の中からにじみ出て来たものが一番よい。
同様に、人生の辛酸を嘗めてそこからにじみ出てきた旨味渋味を持った人間
が最も味わい深い。人間が甘っちょろいというのは駄目である。
甘味・辛味・渋味などのように限定される味を偏味といい、何れとも限定し
得ないものを無味という。
無味とは決して味のないことではなく、無の味、つまり偏味のないことで、
これを味の至極となす。老子にいわゆる「無味を味はふ」だが、現実には
水が代表的なものだ。
『荘子』にいう、「君子の交は淡として水の如し」と。淡は俗にあっさり
している、味が薄いという意味だが、実は水の無味を形容した言葉だ。
ために「淡(たん)として」と訓む。君子の交は五味何れともつかぬ、水のように
言い難い無限の妙味をもつからだ。
以上安岡正篤著「照心語録」より。