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私の人生の貸借対照表 

                                本会会長 井手 正敬
 終活を考えねばならない年齢になり、無聊なるまゝに、自分の貸借対照表は
どうなっているかが、気になることが多い。
準公務員としての国鉄マンの生活が長く、又、生来の貧乏性も手伝って、株な
どの投機的なことが出来ず、従って、金銭面で大儲けしたことはなく、大損し
たこともない。稀に知人に頼まれて、金員を援助したことなどがあるが、この
面での貸借対照表は、平穏な生活が今日までできた程度のことで、世の中の大
方の方々と、さして変わりはない。
そうした金銭面を除いて考えてみると、私の我儘な、又、セッカチな性格から、
両親はもとより、先輩・上司・同僚など、多くの方々に大変お世話になった。
一方、私のような乏しい者でも、若い人や後進の人などへ力添えをしたり、頼
まれて骨折ったりしたことも多少はしてきた。
 しかし、甲の方にご厄介になったからといって、なかなか甲の方にストレー
トにお返しはできない。ましてや甲の方々の多くが、私の先輩・上司であり、
残念ながら今日多くの方はすでに亡くなられており、永久にお返しするチャン
スを失っている。一方、甲の方とは無関係な、乙、丙、丁、その他色々な人に、
善意をもって微力を尽くして、お世話してあげてもいる。こうしたことで、多
元的な人間関係で帳尻が合うのではないかと、最近考えることにしている。
 宗教家、紀野一義氏は
「人生の〝辻褄は合う〟であって〝辻褄を合わせる〟必要はない」と書いてお
られた。
つまり人間与えられた寿命を、誠実に全うしておれば、借りばかりのマイナス
であれ、貸しばかりのプラスであっても結局はその人の人生の帳尻は必ず合う
のだという事であろうか。
 とすれば、借りが多いと自覚する私でも、寿命が尽きるまでの残された日月
を、これからは一層誠実に、一所懸命生きることで、私の人生は過不足の無い
終止符が打たれるのだと、昨今はそう心がけて、日常を暮らすことにしている。