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宗 像 大 社

平成二十九年七月、宗像大社を構成する三宮(さんぐう)とその祭祀を担った宗像一族の古墳群が、「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群として世界遺産に登録された。
「日本書紀」神代巻によれば、天照大神の御子神(みこがみ)としてお生まれになった宗像三女神(むなかたさんじょしん)は、天照大神のご命令(神勅)によって宗像の地に降臨された。その神勅は「あなたたち三女神は、大陸との要衝である玄界灘に降臨し、歴代天皇を守護奉りなさい。そうすれば歴代天皇があなたたちを祀るでしょう」と下され、宗像三女神は皇室・国家の守護神として三宮に鎮まられた。
玄界灘のほぼ真ん中、絶海の孤島沖ノ島の「沖津宮(おきつぐう)」には長女神の田心姫神(たごりひめのかみ)が、宗像本土から沖合に浮かぶ大島「中津宮(なかつぐう)」には次女神の湍津姫神(たぎつひめのかみ)が、本土の「辺津宮(へつぐう)(総社)」には末女神の市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)がそれぞれ祀られ宗像三女神あるいは宗像大神と呼ばれている。
沖津宮の鎮座する沖ノ島では三次にわたる発掘調査によって大和朝廷による国家祭祀の場であったことが学術的に証明され、八万点に及ぶ膨大な数の神宝は、全て国宝に指定され辺津宮の「神宝館」に収蔵展示されている。
主な祭事の内、「中津宮七夕祭」(八月七日)は鎌倉時代まで遡ることができる。この神事は遠く都まで聞こえ、大島は七夕伝説発祥の地ともいわれている。
秋季大祭(十月一日~三日)の幕開けを飾るのが海上神幸(じんこう)「みあれ祭」。大島~神湊(こうのみなと)間を、沖津宮の御神璽(ごしんじ)(御分霊(ごぶんれい))と中津宮の御神璽のお神輿(みこし)を載せた二隻の御座船(ござせん)に、宗像七浦の船団約百二十隻が総出でお供し、色とりどりの大漁旗や幟をはためかせ繰り広げる壮麗な海上絵巻である。
例大祭は古くから「田島放生会(たじまほうじょうえ)」と呼ばれ、一日目に「主基(すき)地方風俗舞(ふうぞくまい)」が二日目には「流鏑馬(やぶさめ)神事」と「翁(おきな)舞(まい)」が三日目には「浦安舞(うらやすまい)」と「悠久舞(ゆうきゅうまい)」が奉奏され、境内には多くの露店が立ち夜遅くまで多くの参拝客で賑わう。
宗像大社由緒より