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雄山神社 前立社壇


雄山神社 前立社壇(まえたてしゃだん)

遥か東に霊山立山を遥拝し、西に「とやまの名水」と謳われる常願寺川の清流が流れ、境内には巨木の森から漂う厳かな気が満ちているところ、雄山神社前立社壇は鎮座されている。
当社の御祭神は、国土国民の祖神であり、家業・縁結びの御神徳を頂ける伊邪那妓神、そして悪を破り正義を明らかにする、緒難防止・開運の守神である天手力雄神(あめのたじからおのかみ)の二神がお祀りされている。
雄山神社は、前立社壇・祈願殿・峰本社の三社があり、三社を合わせて雄山神社と称されている。
当社(前立社壇)は立山の山裾に位置し、三社の中で一番平野部に近く一番手前に建立していることから、前立社壇と呼ばれている。
立山は、社伝によれば、文武天皇の大宝元年(七〇一)景行天皇の後裔(こうえい)越中国司、佐伯宿祢有若公(さえきすくねありわかこう)の嫡男(ちゃくなん)有頼少年が白鷹に導かれ、熊を追って岩窟(がんくつ)に至り、「我、濁世(じょくせ)の衆生を救はんがため此の山に現はる。或は鷹となり、或は熊となり、汝をここに導きしは、この霊山を開かせんがためなり。」という雄山大神の神勅を奉じて開山造営された霊山であり、全国各地から篤い信仰を受けてきた。
山頂の峰本社は屹立した巌上にあり、冬期間は雪深く登山することが至難であったので、山麓岩峅(いわくら)(前立社壇)に社壇を建て、年中の緒祭礼を怠りなく奉仕したと伝えられている。
当社には、昭和天皇御製に作曲・振付された神楽舞(立山の舞)がある。先に榊を持ち、次に鉾鈴を持って舞う。榊の舞は雄大な立山を畏敬し仰ぎ見る様子を、また鈴の舞は荒々しく屹立した立山を表現している。この舞は四月八日の春季例大祭と十一月三日の秋季例大祭に厳かに奉納されている。
雄山神社前立社壇由緒より