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“明鏡止水”

                                           本会副会長 井上礼之
私は京都で生まれ育ち、幼少の頃からお寺や神社に通っていたおかげで、いまだに仏教や
神道の世界には非常に親近感を覚えています。
秋には庭園のイチョウと紅葉が鮮やかな蓮華寺には最もよく通いました。仏像がまつられ
る本殿にはせせらぎが流れ、静寂な空間に触れるうちに自然と“明鏡止水”の精神性が身に
ついたような気がします。
中国の思想家である荘子の著書『荘子』に「明鏡」と「止水」という二つ言葉があります。
「鑑明らかなれば則ち塵垢止まらず、止まれば則ち明らかならざるなり(曇りの無い鏡は、
ほこりを寄せ付けない。ほこりがつけば曇ってしまう。)」「人は流水に鑑みるなくして、
止水に鑑みる。
(誰でも流水に姿を映してみようとはしない。姿を映してみるのは静止している水である)」
曇りのない鏡と静かな水。ここから、わだかまりのない澄み切った心境を指す「明鏡止水」
という四字熟語が生まれたようです。
第3次、第4次産業革命といった激動の時代、経営者は数々の重要な決断を求められます。
徹底的に情報を集め、論理的な経営戦略を立案しますが、いくら議論を重ねてもどちらも
理屈は通っている「6分4分の理」で経営判断を行わなければならないこともあります。
最後は非論理的な「動物的な勘」で決めてきたことも多い。
変化に対して柔軟に対応し、決断を誤らないためには、感性を研ぎ澄ませ「明鏡止水」の心
境であることが重要ではないでしょうか。
経営者は社会で起きる様々な事象の本質を見抜き、論理の積み重ねでは割り切れないものを
直観的に感じ取らなければなりません。
国際政治学者の中西輝政氏も「真相、実相を知るためには、なるべくリラックスした状態で
予断や先入観を持たないことが肝心である。
情報収集と判断には別の頭の使い方が必要である」と述べています。
日ごろから美しい自然に無心になり、クラシック音楽に心を解放し、心温まる話に感動する
ことで、感性が磨かれ、明澄、清澄な心で本質を見抜く「明鏡止水」の領域に導いてくれて
いるのかもしれません。