カテゴリー: 新着情報, 神社シリーズ   パーマリンク

日本三大八幡 筥崎宮


筥崎宮は筥崎八幡宮とも称され、宇佐八幡、石清水八幡の両宮とともに日本三大八幡宮に数えられている。その本殿は北西を向き、博多湾そして遥か大陸を望むところに鎮座されている。
御祭神は筑紫国蚊田の里、現在の福岡県宇美町にお生まれになられた応神天皇を主祭神として、神功皇后、玉依姫命がお祀りされている。
創建の時期は諸説あるが、古録によれば、平安時代の中頃である延喜二十一年(九二一)、醍醐天皇は神勅により「敵国降伏」(徳を積んで進めば外から来る災いは滅びてゆくであろう)の宸筆(しんぴつ)を下賜され、この地に壮麗な御社殿を建立し、延長元年(九二三)筑前大分(だいぶ)(穂波宮)より遷座されたとなっている。
鎌倉中期、蒙古襲来(元寇)のおり、俗に云う神風が吹き未曽有の困難に打ち勝ったことから、厄除・勝運の神として高名である。後世は足利尊氏、大内義隆、小早川隆景、豊臣秀吉などの名だたる武将が参詣、また江戸時代には福岡藩黒田長政、以下歴代藩主も尊崇を怠ることなく隆盛をたどり、近年では全国より崇敬を集めるとともに、玉取祭や放生会(ほうじょうや)大祭など福岡の四季を彩る杜として広く親しまれている。
玉取祭(一月三日)は一般に「玉せせり」と呼ばれ、古来より盛大に行われており、触ると悪事災難を逃れ幸運を授かると云われる木製の玉をめぐり、締め込み姿の競り子達が激しい争奪戦を繰り広げる祭事である。
博多三大祭りの放生会(ほうじょうや)(九月十二日~十八日)は、「全ての生命あるものを慈しみ、秋の実りに感謝する」祭りで、その起源は「合戦の間多く殺生すよろしく放生会を修すべし」という御神託により、千年以上続く最も重要な祭典で、期間中は参道一帯に数百軒の露店が立ち並ぶ、九州随一の秋祭りである。
筥崎宮由緒より