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武蔵一宮 氷川神社


氷川神社の参道は、中山道の一の鳥居から北へ約2㎞にわたり続き、その両側には美しいケヤキ並木が並ぶ。広大な境内には、楼門・舞殿・神橋あり、池水満々その眺めは美を極め、霊気高らかなところ氷川神社は鎮座されている。
当社は社記によると、今から凡そ二千四百有余年の昔、第五代孝昭(こうしょう)天皇の御代三年四月未の日の御創立と伝えられている。
御祭神、須佐之男命は天照大御神と月読命と共に伊弉諾命から生まれた三貴子の一神で、八俣大蛇退治など力強く雄々しい神として知られ、大己貴命(おおなむちのみこと)はその御子として国土を天孫瓊々杵命(ににぎのみこと)に御譲りになられた国土経営の神で、稲田姫命(いなだひめのみこと)は須佐之男命の御妃で大己貴命の御母神となられ、この御三神をここにお祀りされたのは国土経営・民福安昌祈願のためであって、大和朝廷の威光が東方に及ぶにつれて、当神社の地位も重くなったと考えられる。
今から凡そ千二百有余年前、第四十五代聖武天皇の御代には武蔵国一宮と定めら、歴朝の崇敬殊の外厚く、武家時代になっては鎌倉・足利・北条・徳川氏等相次いで当社を尊仰された。
明治元年、明治天皇は都を東京に遷され、当社を武蔵国の鎮守勅祭の社と御定めになり勅書を賜った。次いで同年十月二十八日明治天皇当社に行幸、御自ら祭儀を執り行わせられ、更に三年十一月一日と十一年八月三十一日と三度の行幸御参拝があらせられた。
当社の特殊神事に大湯祭(だいとうさい)がある。十二月十日の本祭に酉の市がたつ為、十日市(とうかまち)・熊手市ともいわれ、十一月三十日より十二月十一日まで十二日間に亘る長い祭典で、十日には境内や参道に熊手や神棚など様々な縁起の露店など約二千軒が立ち並び、手締めの声と拍手の音が鳴り響き大いに賑わうこととなる。
氷川神社由緒より