伊勢の神宮
 垂(すい)仁(にん)天皇の御世(約二千年前)、倭(やまと)姫(ひめの)命(みこと)は、倭(やまと)の国から天(あま)照(てらす)大御神(おおみかみ)をお祀りするのに、さらにふさわ  しい地を求め、近江・美濃の国などを経て伊勢国にやってこられた。時に天照大御神は倭姫命に告げられた。「この神風(かむかぜ)の伊勢の国は、常世(とこよ)の浪の重浪(しきなみ)帰(よ)する国なり。傍(かた)国(くに)の可(う)怜(ま)し国なり、是の国に居らむと欲(おも)ふ」と。皇室のご祖先であり、日本人の総氏神とも言われている天照大御神のお告げにより、皇大神宮は現在地に創建された。

 「なにごとの おはしますかは 知らねども かたじけなさに 涙こぼるる」 西行
                西行法師が、五十鈴川の対岸から神宮を拝し、詠まれた和歌といわれている。

「この聖地にあって、私はあらゆる宗教の根源的な統一性を感じます」 (訳) A・J・トインビー昭和四十二年秋、神宮を訪れたイギリスの歴史家トインビー博士は、清冽な五十鈴川に手をひたされ、参道の玉砂利を踏みしめ、正殿において拝礼された。

 宗教や教義を超え、彼等は、大自然の中の静寂に包まれた神宮に、「畏敬の念」を、そして「聖地の中の聖地」を感じられたことだろう。

 私たちが生きているこの大自然は、東から日が昇り西に日が沈む、また、春夏秋冬変わることなく、天行は健やかである。
伊勢の神宮は、まもなく二十年に一度の式年遷宮(平成二十五年)を迎える。 千三百年の歴史・文化・文明・伝統を今に伝え、さらに新しく生まれ変わる。この連綿と続く永遠の繰り返しこそ、私たち日本民族の誇りそのものである。

日本書紀・他

 今年から「関西師友」誌に日本の文化文明の根源である神社仏閣を主に掲載して参る予定です。